高野山 壇上伽藍
根本大塔と御影堂 2月初旬に撮影したものです。
高野山の四季は、壇上伽藍で季節の移り変わりが良くわかります。
夜になるとライトアップされます。
蛇腹道
伽藍入り口「東西に龍の臥せるがごとく」と形容され、高野山が開かれた当初は、壇場伽藍から現在の蓮花院(れんげいん)までを龍が臥している形に例えたのでした。そして、ちょうどこの小道が龍のお腹付近にあたることから蛇腹道と呼ばれるようになりました。
昨年、秋に第1回目の紅葉ライトアップされました、沢山の観光客が見に来られてました。
金堂は、元々講堂として弘仁10年(819)に作られました。
承和5年(838)嵯峨天皇御願の御堂として新たに完成し、同年6月に本尊である薬師如来像(阿シュク如来)と脇侍の諸尊像が奉安されたと伝えられています。
正暦5年(994)、久安5年(1149)、永正18年(1521)、寛永7年(1630)、天保14年(1843)、昭和元年(1926)と度重なる災禍により焼失。
現在の金堂は、昭和3年(1928)に起工し、昭和7年(1932)に完成しました。
昭和9年(1934年)4月2日落慶式を迎えました。
三鈷の松といいます、 松葉が三本という珍しい松で、高野山伽藍建立のきっかけとなった松とする伝説がある
















