高野山に春の訪れを告げる 高野の火まつり
第15回・「高野の火祭り」春の山開き 大柴燈護摩供
高野山に春の訪れを告げる「高野の火まつり」が7日、雨の降りしきる中行われた。和歌山県高野町の真言宗総本山金剛峯寺前広場に参拝約1500人と聞きました、凄い人でした。
雨の中、開催されました。
番所庭園 2
番所庭園
柿本人麻呂 (かきのもとのひとまろ)
万葉集、熊野の船
み熊野の浦の浜木綿(はまゆふ)百重(ももへ)なす心は思へど 直に逢はぬかも
( 柿本人麻呂 巻第十一 恋一 668)
熊野の浦の浜木綿の葉が幾重にも重なっているように、幾重にも幾重にも百重にもあなたのことを思っていますが、
直接には会えないことだ。
庭園
この場所でペリーの来航を見張っていました。
ここ番所庭園は、和歌山市万葉めぐりコースで、また瀬戸内海国立公園特別地区にも指定された国の代表的な景勝地です。
特に同国立公園中の景勝地五十カ所にも選ばれています。
番所庭園 1
万葉ゆかりの地黒船の見張り番所の跡元番所お台場の跡
番所庭園(ばんどこ)
万葉時代神亀元年(724年)十月に、聖武天皇が大和の国から、お供の公家・富延人達と、和歌の浦に行幸されました折、藤原郷がここ番所庭園の北側に広がる海「雑賀の浦」の漁火を見て、詠まれたと言われているのが次の歌で余りにも有名です。
紀の国の雑賀(さひか)の浦に出て見れば海女(あま)の燈火(ともしび)波の間ゆ見ゆ
藤原郷(第7~1194)
藤原郷がここ番所庭園の北側に広がる海「雑賀(さひか)の浦」の漁火を見て、詠まれたと言われている歌碑。
歌碑 藤原郷(第7~1194)
庭園
雑賀(さひか)の浦
ここは地名を「番所の鼻」と言い、平坦で海に長く突き出て地形になっています。
昔、奇襲藩の海岸十数ヵ所に海の防備見張り番所が有りましたが、ここはその中でも和歌山城に最も近い番所として重要な所でした。
南海電鉄 旧大阪軌道線のモ205型
旧大阪軌道線のモ205型
南海電鉄 旧大阪軌道線のモ205型 営業当初は、緑色で営業運転されていましたが、今は、薄くなっていますが、昭和の歴史を漂わせていますね。
運転台は、真ん中ですね、今の時代で言えば、江の島の江ノ電の運転台と同じですね。
昭和の歴史を感じさせる車内ですね、アニメ、宮崎駿の千と千尋の神隠しにでてくるような車内ですね。
昭和の運転台、レトロですね。
運転台の全体(正面)
奥行きを感じさせる車内、座席は、昭和初期の車輌は、すべて、木のベンチですね。
昭和の面影、南海電鉄の社内マーク、現在、マークが変わっています。
平野線は、人口密集地で、利用者も多かったため地下鉄谷町線の延長が行われることになり、80年11月27日限りで廃線となった。
今、現在は、和歌山市 交通公園にて第二の人生を過ごしています。
高野山 壇上伽藍
根本大塔と御影堂 2月初旬に撮影したものです。
高野山の四季は、壇上伽藍で季節の移り変わりが良くわかります。
夜になるとライトアップされます。
蛇腹道
伽藍入り口「東西に龍の臥せるがごとく」と形容され、高野山が開かれた当初は、壇場伽藍から現在の蓮花院(れんげいん)までを龍が臥している形に例えたのでした。そして、ちょうどこの小道が龍のお腹付近にあたることから蛇腹道と呼ばれるようになりました。
昨年、秋に第1回目の紅葉ライトアップされました、沢山の観光客が見に来られてました。
金堂は、元々講堂として弘仁10年(819)に作られました。
承和5年(838)嵯峨天皇御願の御堂として新たに完成し、同年6月に本尊である薬師如来像(阿シュク如来)と脇侍の諸尊像が奉安されたと伝えられています。
正暦5年(994)、久安5年(1149)、永正18年(1521)、寛永7年(1630)、天保14年(1843)、昭和元年(1926)と度重なる災禍により焼失。
現在の金堂は、昭和3年(1928)に起工し、昭和7年(1932)に完成しました。
昭和9年(1934年)4月2日落慶式を迎えました。
三鈷の松といいます、 松葉が三本という珍しい松で、高野山伽藍建立のきっかけとなった松とする伝説がある
高野山 高野龍神スカイライン
高野山 大門ライトアップ
東海道新幹線500系こだま のぞみラスト走行 新大阪駅 駅撮り
東海道新幹線500系こだま のぞみラスト走行
第41回(1998年)鉄道友の会ブルーリボン賞受賞
1996年通商産業省(現在の経済産業省)のグッドデザイン商品
東海道新幹線500系は、JR西日本が所有する新幹線で飛行機輸送に対抗するものとして、最高時速300Km以上での営業運転を前提に開発されました、製造は16両編成9本・144両。
1997年3月22日ダイヤ改正で営業運転を開始して山陽新幹線区間での営業最高時速300Kmを実現した。500系の先頭部分は高速化に伴って騒音対策でトンネル微気圧対策のために採用された鋭い先頭部形状が鉄道ファンに人気でした。
1997年3月に山陽区間(新大阪―博多)でデビュー。東海道区間には同年11月に乗り入れた。スマートな車体が人気、東海道新幹線引退後は、山陽区間の「こだま」だけ残る。
南海電鉄 こうや花鉄道 天空に乗車しました
南海高野線 観光列車「天空なんば行き」イベント
普段は運行していない「難波駅~橋本駅間」を走りました。
(普段は橋本駅~極楽橋駅)
「今現在、社会は騒がしい雑踏の中で日常を過ごしています、少しストレス社会から抜け出して、
天空に乗車してはいかがでしょうか?」
今、世間では、観光列車と名が付くものが全国各地で注目されています。
今の世の中で安らぎを求めて、鉄道が注目されているのではないのでしょうか?
ミニミニ鉄道用語集
撮り鉄君(鉄道を撮る人)
乗り鉄君(鉄道に乗って楽しむ人)
えきどり (駅撮り)を楽しむ人 ホームから撮影すること
えきね (駅寝) 字の通りです
おっかけ (追っかけ) 車やバイクで移動して、1つの列車を複数ヶ所で撮影すること。
かぶりつき 運転室の 後ろに立って前方の景色を眺めることを言います。
逆かぶりつき 列車の1番後ろで後方の景色を眺めることを言います。



